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昭和42(ネ)2
この判例の要約
事件名(いわゆる事件名)
青函連絡船渡島丸懲戒解雇()
争点
事案概要
判決理由
       主   文原判決を取消す。控訴人が被控訴人に対し労働契約上の権利を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。       事   実第一、控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。第二、控訴人の主張一、請求の原因(一) 控訴人は、昭和二〇年一月一〇日被控訴人の従業員に採用され、以後その職員として勤務し、同三九年四月当時は青函連絡船渡島丸機関掛の職に従事していたものであるが、被控訴人総裁は同年六月一七日控訴人に対し同人を免職する旨の意思表示をなした。右免職の理由は、「控訴人は、昭和三九年四月一一日渡島丸に乗務中、国鉄労働組合が実施した新造船要員等の問題をめぐるいわゆる全船二時間の時限ストに際し、同組合員多数を指揮し、同船機関室において保安要員として当直中の職員三名に職場を離れるよう強要し、機関長の制止にもかかわらず、自ら当直者らの腕をとり、他の組合員をしてこれを取り囲ましめる等実力をもつて連行し、欠務せしめたことは甚だ不都合であるから、日本国有鉄道法三一条により免職する」というものである。(二) しかし右免職処分(以下本件免職あるいは本件免職処分ともいう)は次の理由により無効である。1 控訴人に対する免職の処分事由とされた事実は存しない。したがつて右事実の存在を前提とする本件免職は、日本国有鉄道法(以下国鉄法という)三一条一項、日本国有鉄道船舶就業規則(以下国鉄船舶就業規則という)四二条一七号の適用を誤り、無効である。(1) 被控訴人は、控訴人に前記免職理由として挙示する所為が存するものとして、これが懲戒事由を定める前記就業規則四二条中の一七号に規定された「著しく不都合な行為のあつた場合」に該当するとして本件免職をなしたが、控訴人は被控訴人指摘の前記所為をしていない。(2) また船員法六七条、国鉄船舶就業規則二一条にいう時間外労働を命ずる必要性とは、船舶の安全に対する危険の差迫つたやむをえない事情の現存する場合のみを指し、これを拡張して解釈適用することは許されないところである。しかるに渡島丸船長P1はP2、P3、P4の三名(以下右三名を総称するときはP2ら三名ともいう)に対し、当時全く右のような必要性が認められないにもかかわらず昭和三九年四月一一日午前八時より午前一〇時四五分まで(以下当日というのは昭和三九年四月一一日を指す、また時間のみを表示するのはすべて同日内のことである)機関部において停泊当直をするよう命じたものであるから、右業務命令は、P2ら三名の通常勤務時限である当日午前九時一五分以降においては無効といわざるを得ない。してみると、控訴人がP2ら三名を当日午前九時一五分以降に実力をもつて機関部停泊当直部署外へ連行したとしても、いわゆる保安要員として当直中の職員に対しその職場離脱を図り同人らを欠務させたことにはならない。2 1の主張が認められないとしても、本件免職は左の各事情を綜合すると懲戒権を濫用したものであり無効である。(イ) 前記業務命令が有効であるとしても、船舶の保安責任は第一次的に被控訴人が負うところであり、当時被控訴人において国鉄労働組合(以下組合という)によつて実施された全船二時間の時限ストライキ(以下本件時限ストともいう、またストライキをストとも略す)に参加しようとするP2ら三名以外の者に機関部停泊当直を代替させ得ない特段の事情はなく、現に被控訴人は非組合員、組合員中のスト不参加者等相当数の停泊当直可能者を確保していたのであるから、右業務命令は組合の団結を阻害し、船舶合理化反対斗争を挫折させるべく、P2ら三名の本件時限ストへの自主参加の妨害を主たる目的として発せられた不当なものである。(ロ) 当時渡島丸は函館市内有川桟橋に接岸中であり、しかもP5、P6両機関長以下相当数にのぼる被控訴人確保の要員が同船内に滞留していたから、控訴人がP2ら三名を機関部停泊当直部署外へ連行したことは船舶の安全に対する具体的危険を招来する行為とはいえない。 (ハ) 控訴人は、本件時限ストに参加し、渡島丸操機掛室に集合中、組合渡島丸分会執行委員の指示により、組合員P7、P8、P9、P10、P11、P12、P13、P14、P15と共同してP2ら三名を連行し、右に挙げた組合員らと同様の行動をとつたにすぎないものであるところ、右各人に対する該連行を理由とする懲戒処分は、P7が停職一ケ月、P8以下の者八名が各減給一〇分の一、三ケ月間であるのに、控訴人独りを免職とするものであり、控訴人と他の共同実行者との懲戒処分内容を対比するとき、控訴人に対する免職は著しく苛酷に失し、裁量権の範囲を明白に逸脱する。(三) よつて、控訴人は被控訴人に対し、控訴人が現に被控訴人の従業員として労働契約上の権利を有することの確認を求める。二、被控訴人の反対主張に対する答弁1 被控訴人の反対主張(一)の事実中、組合が昭和三九年四月一一日新造船要員問題をめぐつて青函連絡船二時間の時限ストを行い控訴人もこれに参加したこと、控訴人が当日午前九時一五分頃他の組合員とともに渡島丸右舷昇降階段から機械室に下りポンプ室まで至つたこと、同室にはP2ら三名および機関長P5、同P6がいたこと、右機関長らからP2ら三名を連行してはいけない旨制止されたことは認めるが、その余は否認する。 控訴人は組合渡島丸分会員として本件時限ストの指令に従い、これに参加したものである。当日午前八時四五分頃渡島丸が有川桟橋に接岸後、控訴人は前記指令に従い同分会所属の組合員らと協議したとおり下船の準備をし、操機掛室において開かれた集会に加つていたところ、分会執行委員よりP2ら三名の停泊当直者を迎えに行くようにとの指示がなされたので、組合員のP7、P8、P9、P10とともに昇降階段を下りた。なお迎えに行くことはP2ら三名を含めて組合員が予め協議していたことである。下船番者の交代時間すなわち勤務時間の終了時は当日午前九時一五分であるので、その頃控訴人ら前記五名は、機械室を経てかま室通路を通りポンプ室に入つた。同室でP2ら三名にこもごも「交代時間がきたので上ろう」との趣旨を告げた。P6機関長らから「やめなさい。現認するぞ」等と大声をあげられたこともあつたが、まもなく出入口近くにいたP2が、続いてP4、P3、迎えに赴いた控訴人ら五名、両機関長が相次いでポンプ室を出て、かま室通路を通り、機械室に入つた。右通路を進行中、P3が「迎えの人数が少いからもつと人を呼んできてくれ」と言うので、P9、P10が左舷昇降階段を上つて応援の組合員を呼びに行き、P7、P8はP2とともに右舷昇降階段を上つて行つたため、機械室にはP3、P4、両機関長および控訴人だけが残つた。残留した右五名は、あるいはその辺を歩いたり、あるいは主機操縦ハンドルに寄りかかり手をかける等の状態でいた。その間機関長から「P16君、やめなさい」という趣旨の発言があり、これに対し控訴人から「たまにはあなた方も当直しても良いでしよう」というやりとりもあつた。そのうち迎えの組合員が六名下りてきたので、控訴人は、P3、P4をうながし(その際控訴人がP3の腕を一、二回同僚同志がするように軽くたたいたことはある)、他の組合員とともに午前九時三〇分頃右舷昇降階段を上つた。 以上のとおり、控訴人は、他の組合員を指揮したこともなければ、暴力を振つたこともない。また、二度、三度と昇降階段を上下したこともなく、他の組合員と全く同様の行動をとつたにすぎない。2 被控訴人の反対主張(二)は争う。被控訴人とその職員との法律関係は私法上の関係であり、本件免職は行政処分とはいえない。第三、被控訴人の主張一、請求原因に対する答弁 請求原因(一)の事実は認める。請求原因(二)は、1(2)の事実中渡島丸船長P1がP2ら三名に対し、控訴人主張の業務命令を発したことを認めるほかは、すべて争う。右業務命令は船員法六七条、国鉄船舶就業規則二一条に基づく正当なものである。また懲戒権濫用に関する控訴人の主張は失当である。すなわち(イ) 組合が昭和三九年四月一一日に実施した全船二時間の時限ストは、下船番者を強制下船させ、乗船番者を乗込ませないことにより船舶を引継交代者のない状態におくものであつて、船舶を危険に陥らせ、被控訴人の正常な業務の運営を阻害するものとして、公共企業体等労働関係法一七条一項に違反する違法な争議行為であることは明らかである。さればこそ右の違法な争議行為に対処して、被控訴人管理職渡島丸船長P1は、被控訴人の正常な業務の運営を確保し、船舶の安全を保持する必要からP2ら三名に対 し、労働時間の制限を超えて就業するよう前記業務命令を発したものであり、右P2ら三名は前記時限ストに参加する意思を有しなかつたのである。したがつて前記時限ストが適法であり、かつP2ら三名がこれに自ら参加する意思を有していたことを前提とする控訴人の主張は理由がない。(ロ) 控訴人は前述のごとく組合員多数を指揮し、P2ら三名に対し停泊当直の職場を離脱するよう強要し、機関長の制止警告を無視し、右P2ら三名の意思に反し、自ら暴力を加えて職場外に強制連行したものであり、控訴人の右所為は被控訴人の業務の正常な運営を阻害し、船舶の安全を害し、重大な危険をもたらすものである。被控訴人が控訴人につき単に控訴人の指揮に従い、控訴人と行動をともにしたにすぎない他の組合員に比し、一層重い免職処分を選んだことは正に相当であつて懲戒権の濫用ではない。因みに、国鉄総裁が職員に対し、懲戒処分の権限を有する所以は、国鉄内部の規律の維持が国鉄業務の安全な運営を確保し、もつて国民の福祉に貢献するのに絶対不可欠であるからにほかならない。したがつて懲戒処分は国鉄総裁がその責任において裁量権を行使し、最も効果的に行うべきであつて濫りに部外者がその当否を判断すべきではない。(最高裁判所昭和二九年七月三〇日判決参照)。二、反対主張(一) 免職理由の存在 控訴人には次に掲げる所為があり、右所為は前記就業規則四二条一七号所定の国鉄船員として「著しく不都合な行為のあつた場合」に該当し、その情状は重い。 すなわち、控訴人は、昭和三九年四月一一日組合が実施した新造船要員等の問題をめぐるいわゆる全船二時間の時限ストに際しこれに参加し、渡島丸ポンプ室、機械室等において、組合青函地方本部船舶支部所属の組合員約一〇名を指揮して、渡島丸船長P1の業務命令によりポンプ室、かま室、機械室、軸室の停泊当直に従事中の同船操機掛P2、操●掛P3、同P4の三名に対し、居合せた同船機関長P5、同P6が再三制止したにもかかわらず「バスが待つている。外へ行こう」等の声をかけ、また手を取り背を押すなどの暴行を加え、更には指揮下の組合員をしてP2ら三名を取り囲ませ、同人らの意思に反して連行し、もつて同人らの停泊当直業務を妨害し、その職場を強制離脱させ、ひいては船舶を危険に陥れ、被控訴人の業務を妨害したものである。 P2ら三名連行の具体的状況は次のとおりである。 当日午前九時一五分頃、控訴人は、組合員約一〇名の先頭に立ち、渡島丸右舷昇降階段を小走りで機械室に下りて、右手を肩附近まで上げて前後に振りながら組合員らを指揮して、小走りのまま、かま室通路を通りポンプ室に侵入し、●水の調整、船体の傾斜修正用ヒーリングポンプの操作、監視等の当直者として勤務中のP2ら三名が同室左舷側で椅子に腰かける等していたところ、その前に組合員をして立塞がらしめるとともに、自らP2ら三名に対し「バスが待つている。もう行こうじやないか」などと言いながら、P3の腰部附近に両手をかけて立上らせ、次いでP2の右腕を強く引張つて立上らせ、控訴人の後にいた組合員をして、P4の背後から、その腋下を抱えこませて立上らせたので、同船機関長P5、同P6が、控訴人に対し「P16やめろ、手を離せ」と何度も大声で制止し、更に右P6が「この三名の当直者は保安要員であるから交代者が来るまでは連れて行つてはいけない」と言つたが、控訴人は「A組の交代者を連れて来るのは機関長の責任であり職務である。我々B組の者はもう勤務も終つたし所定の引継時間もすんだから下船するのだ」と答えて前記制止に応じなかつた。丁度その時ポンプ室上部の車輛甲板を走行する車輛の音が激しく響き、船体が急に右舷側に傾いた。かかる場合、当直者は、ヒーリングポンプの異状の有無を確め、異状を認めれば事故発生を防止すべき措置を講ずべきであるが、P2ら三名は、控訴人らの前記所為により、いずれも右業務を遂行できない状態であつたため、P6機関長は事故の発生を気遣い、傾斜計の指度の確認およびヒーリングポンプの両舷コツクが船体の傾斜を修正する正しい位置にあるかどうかを見るため、ポンプ室中央部にあるヒーリングポンプに走り寄つた(結果はポンプに異状はなく、まもなく船体の傾斜は復元した)。この時控訴人は、P2の右腕とP3の左腕を自己の両腕で抱え込み、P2ら三名を取り囲んでいた約一〇名の組合員に対し、あごで合図して、P2ら三名を、かま室通路の方へ押し出させた。そこでP5機関長は控訴人に対し「P16やめろ、ポンプは運転中じやないか、手を離せ。かまもたいている最中じやないか、当直中の者を連れて行くとは何事だ」と制止した。しかし控訴人は右制止を無視し「ポンプやかまは機関長一人で見ればよいではないか、さあ行こう行こう」と言つて、かま室左舷通路をP2ら三名を組合員の前後に● むようにさせ、一列となつて機械室の方へ連行した。P5機関長がこれを制止するため続いて機械室に入つたところ、P2は控訴人および組合員中の四、五名によつて連れ去られ、同室にはP3、P4の両名が主機操縦ハンドルにつかまつていた。 控訴人は、次いで午前九時二〇分頃、左舷昇降階段から機械室に侵入し、左舷主機操縦ハンドルにつかまつていたP3の左腕を引張つてハンドルから離し、P3がなおも傍らの左舷復水ポンプ抽気管につかまるのを両手で引張つて引き離した。控訴人の右行為に対して、P5、P6両機関長は「P16よせ、手をかけるな」とか「P16連れて行くな、手を離せ」とかと交互に制止したが、控訴人はこれをききいれず、組合員三、四名をしてP3を取り囲ませ、控訴人自らP3の腕を引張り背を押す等して左舷昇降階段を上つて連れ去つた。 控訴人は、年前九時二五分頃、またもや組合員五名とともに機械室に侵入し、同室に残つていた二、三名の組合員とともに左舷主機操縦ハンドルの前にいたP4を取り囲み、同人を右舷昇降階段下まで押しやり、控訴人自らP4の左腕を掴み、同階段を引きずり上げるようにして引張り、P5、P6両機関長が「P16手を離せ」と制止したが、これを無視し、右階段を上つて連れ去つた。(二) 本件免職の行政処分性 被控訴人は、国有鉄道事業等を能率的に運営発展させもつて公共の福祉に寄与するという国家目的のもとに特に法律により設立された公法人であり、被控訴人とその職員との法律関係は公法上の関係であるから、被控訴人総裁のなした本件懲戒免職処分は行政処分というべきである。ところで行政処分が無効であるというためには、右処分に存する瑕疵が重大かつ明白であることを要するところ、本件免職処分にはかかる重大かつ明白な瑕疵は存しない。第四、証拠関係(省略)       理   由一、控訴人が、昭和二〇年一月一〇日被控訴人の従業員に採用され、以後その職員として勤務し、同三九年四月当時青函連絡船渡島丸機関掛の職に従事していたこと、被控訴人総裁が同年六月一七日請求原因(一)記載の理由により控訴人を懲戒免職したことは、いずれも当事者間に争いがない。二、そこで被控訴人主張の本件免職処分事由の存否について検討する。(一) 昭和三九年四月一一日、組合が新造船要員問題等をめぐつて青函連絡船全船二時間の時限ストを実施したこと、控訴人が組合青函地方本部渡島丸分会員として右ストライキに参加したこと、P2ら三名に対し当日午前八時より一〇時四五分までの間機関部において停泊当直をなすべき旨の業務命令が発せられていたこと、午前九時一五分頃控訴人が前記分会員数名とともに渡島丸昇降階段を下り機械室を経てかま室通路を通りポンプ室に入つて、P2ら三名に対し、交代時間がきたから上ろうとの趣旨の声をかけ、P6機関長らから停泊当直者を連行してはいけない旨制止されたことは、いずれも当事者間に争いがない。(二) 成立に争いない乙第一三号証の二、第一五号証、原審証人P1、同P5の各証言により成立を認めうる乙第一一号証の一ないし三、弁論の全趣旨により成立を認めうる同第一〇号証の一ないし三、原審および当審証人P17、同P7、同P8、同P11、同P12、原審証人P10、同P9、同P13、同P15、原審および当審控訴本人の各供述、原審および当審証人P3、同P4、同P18、原審証人P2、同P5、同P6、同P19の各証言の一部(後記認定に●触する部分を除いたもの)、原審の証拠保全による検証の結果を総合すると(1) 渡島丸船長P1は、前記ストにそなえて、昭和三九年四月一一日午前八時頃、P2ら三名に対し、同船機関長P5を通じ、書面で前記業務命令を発し(右業務命令が発せられたことは争いない)P2ら三名は、確実に停泊当直する旨復命した。(2) 右機関部停泊当直の職務は、停泊中における船舶の安全就航を確保することであり、その中、ポンプ室当直は、停泊中における貨車積みおろしの際、貨車の荷重によつて生ずる船体の傾斜を修正するためのトリミングポンプ、同コツク(別名ヒーリングポンプ、同コツクという)の操作、監視各部巡視を、かま室当直は、運転中の汽●の●水調整・副汽●の焚火圧力保持、その他これらに附属するポンプ類監視等を、機械室当直は停泊中の船舶の発電機およびその附属機器類の運転監視を、軸室当直は、船底に滞る汚水の計測、その排水準備を、夫々主たる職務内容とし、いずれも停泊中の船舶の保安上重要な職務である。(3) 同日午前八時四〇分渡島丸が有川桟橋に着岸後、午前九時一五分頃、P2ら 三名が右業務命令に従つて停泊当直を果すべく同船ポンプ室に集つていた際、控訴人は組合渡島丸分会員P7、P8、P9、P10とともにその先頭に立つて、昇降階段を下り、機械室を経てかま室通路を通り、ポンプ室に入つた(控訴人が他の組合員とともにポンプ室まで至つたことは争いがない)。 控訴人は、ポンプ室で椅子にかけ、或いはストーカーに片足をのせて中腰でいたP3ら三名の当直者に向つて「交代時間がきたから迎えにきた、もう上ろうじやないか」と真先に呼びかけ、他の同行組合員らもこもごも同旨のことを呼びかけ、特にP7はP3の肩をたたいて「P3さん、みんな待つているし時間もすぎたから上ろう」と声をかけたので、P6機関長は「当直者にさわるな、名前は何というんだ」と制止した。その後もP6、P5両機関長は停泊当直だから連行してはいけない旨制止を繰返したにもかかわらず(右制止がなされたことは争いない)、控訴人はじめ組合員全員が、なおもP2ら三名に対し前同様の呼びかけをなし、P2ら三名が去就をはつきりさせなかつたため、P7がP2の肩をたたいて「P2さん上ろう」と誘つた後、控訴人において既に自ら立上つていたP2、P3の腕をとつて引張るようにし、P7もP4を押すようにして、ポンプ室左舷出入口まで歩き、P8、P9、P10らとともに一団となつて、かま室左舷通路に出、右通路を機械室横の昇降階段に向つて、P7、P2、P8、次いで、P4、P9、P3、控訴人、P5機関長、P10の各順で進んだ。その途中P5機関長が控訴人を呼びとめ、「いま、ポンプは動いているし、かまだつて焚いているし、どうして当直者を連れて行くんだ」と詰問したのに対し、控訴人が「ポンプやかまは機関長一人で見ればよいではないか、俺らは何もやる必要はないではないか」と応酬する一幕もあり、またP3が迎えの人数が足りないともらしたので、P9、P10は列を離れて応援の組合員を呼びに行き、P4以後の者とP7、P2、P8の先頭グループ三名とに若干の距離が開き、右先頭グループ三名はそのまま右舷昇降階段を上つて行つた。まもなくP4、P3、控訴人、P5機関長は機械室に入り、P4、P3はいずれも同室主機操縦ハンドル(操縦弁)の傍に立ち、P3はハンドルに手をかけ、しばらく同室内に滞留した。やや遅れて同室にP6機関長、P18、P19両一等機関士が入室しそれとあい前後して組合員P11、P12、P14、P13、P15の五名が同室横左右各昇降階段を分れ下つて、同室内に入つてきた。その後控訴人は、P5機関長の制止にもかかわらず身近にいたP3に対し「こうして皆が迎えにきたから上ろう」と言つて同人の右腕を二、三度たたいてうながし、P3は主機操縦ハンドルにかけていた手を離して若干歩き右舷復水ポンプ抽気管を手でつかんだが、組合員によつて押されるような態勢で右舷昇降階段へ自ら歩き、P3、控訴人、P12、P14の順で狭い同階段を上り始めた。そのとき組合員から、「まだP4さんがいる」との声が上つたので、控訴人はP4の許へ引返すべく列を抜け、残つたP3、P12、P14はそのまま縦一列になつて階段を上つていつた。この間、P11はP4の肩をたたいて「P4さん時間がきたので迎えに来たぞ、さあ行こう」と誘いP6機関長より「身体に手をかけるな」と制止がなされたが、P4もP3が前記階段を上りつつあるのを目撃するや同じ階段に向つて自ら歩き、これにP11、ひき返して来た控訴人、P13の順で追従して同階段を縦一列状で上つて行つた。 以上の事実が認められる。 右認定に●触する前掲証人P2、同P3、同P4、同P5、同P6、同P18、同P19の各証言部分および右P5の証言により成立を認めうる乙第三号証、右P6の証言により成立を認めうる乙第四号証、右P18の証言により成立を認めうる乙第五号証、右P19の証言により成立を認めうる乙第六号証、当審証人P20の証言により成立を認めうる乙第二三号証は、前顕各証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を左右するにたる的確な証拠はない。(三) そこで進んで、渡島丸船長P1がP2ら三名に対して停泊当直を命じた前記業務命令の効力について判断する。 船員法六七条国鉄船舶就業規則二一条にいう船長が時間外労働を命ずる臨時の必要があるときとは、過重労働を強要されるべきでない労働者の基本的権利に鑑み、船舶、航行の安全保持上必要と認められるときと限定して解するのが相当である。ところで本件において、船長からP2ら三名に発せられた当日午前八時より一〇時四五分までの間機関部停泊当直を命ずる旨の業務命令に、右説示の臨時の必要性を認めうるかについて按ずるに、いずれも成立に争いのない乙第七、八号証、第一七号証、原審証人P21、同P22、同P1、同P5、当審証人P23の各証言によれば、本件時限ストは下船番者が下船するや乗船番者を乗込ませないことを企図したものであることが認められるのであつて、そのため引継停泊当直者が乗船できず、停泊当直者が皆無となる事態がほぼ確実に予測されていたものであり、前記認定の機関部停 泊当直職務の船舶保安上の重要性に鑑みると、船舶の安全を確保すべき最高責任者たる船長としては、右の停泊当直者の欠缺に伴う危険を回避する手段を尽すべきはその職責上当然の措置というべきである。そして原審証人P1、同P5、同P4、同P3、当審控訴本人の各供述を綜合すると、渡島丸の当日における通常の運航ダイヤは午前九時一五分頃乗下船番者が交代引継を完了して下船番者が下船し、午前一〇時二五分青森に向け出航予定であつたこと、P2ら三名はその勤務割により右引継に際しての停泊当直者と予定されていたものであることが認められるのであるから、渡島丸船長P1が前記の危険を未然に防ぐべく、P2ら三名に対して一般の下船時刻である午前九時一五分以降にわたつて停泊当直を命じたのは、正になすべきところを尽したまでのことであつて、その必要性に毫も欠けるところはなく、これを無効とする控訴人の主張は到底採用の限りでない。(四) 以上の認定、説示によれば、控訴人は他の組合員とともに渡島丸船長P1の発した有効な停泊当直命令により就務中のP2ら三名に対し、右当直を放棄してその部署を離れるよう自ら説得し、かつP2、P3の身体に手をかけ、P5、P6両機関長の再三の制止をききいれずにP2ら三名を連行してその部署を離脱させ、その結果停泊当直者の欠務を招き、前記業務命令の実効性を阻害し、被控訴人の企業秩序を紊したものと評し得るから、控訴人の右所為は一応国鉄船舶就業規則四二条一七号所定の国鉄船員として「著しく不都合な行為」に当り、ひいては国鉄法三一条一項一号所定の「国鉄の定める業務上の規程に違反した場合」に該当するものというべきである。三、ところで控訴人は本件免職処分は懲戒権行使の範囲を逸脱しその濫用であると主張するので按ずるに、前記P7以下九名が行つた前項認定の各所為、就中、ポンプ室においてP6機関長の制止をきき入れずP2ら三名に働きかけて遂にP2を連行し去つたP7の行動、機械室においてP6機関長の制止にもかかわらずP4に働きかけて結局同人を当直離脱に踏みきらせたP11の行動等を、控訴人自身の前記認定の加功程度と対比すると、なるほど控訴人は、ポンプ室で衆に先んじてP2ら三名に声をかけ、ポンプ室、かま室通路、機械室の三ケ所で機関長から制止され、またポンプ室においてP2、P3の、機関室において再びP3の、各身体に手をかける等最も積極的な言動をなしたものといいうるし、また当審証人P24、同P7、同P25(第一回)ならびに原審および当審控訴本人の各供述によれば、控訴人は昭和三八年一〇月頃まで組合渡島丸分会長を勤め、平素同僚から分会と呼ばれるほどで、本件スト当時は組合非専従活動家として日頃組合活動に熱意を示していたことは認められるものの、原審および当審証人P11、当審証人P7、原審および当審控訴本人の各供述によれば、控訴人は、当日午前九時一五分頃、スト参加の組合渡島丸分会員とともに操機掛室に集合していた際、同分会執行委員P11より、時間が来たから当直者を迎えに行くようにという指令をうけ、たまたま同室出入口近くに座を占めていたため真先に立上り、これに続いたP7、P8、P9、P10らの先頭に立つたまでであつて、連行要員の選抜、指揮者、担当役割等に関する事前打合せあるいはその場での指示はなかつたことが認められ、その他控訴人がP2ら三名の連行にあたり特に指揮者として行動したことを認めるに足る的確な証拠はなく控訴人の所為が前掲他の組合員らの所為に比し、その情状において、各人の受けた後記処分結果の相違程に、著るしく隔絶するものがあるとは認められない。 その上、原審および当審証人P7、当審証人P11、同P24、同P12、同P25(第一回)、当審控訴本人の各供述によれば、P3は既に昭和三九年四月九日、日の出ホテルにおける非番者集会において、組合員が迎えに来てくれれば当直を放棄して下船する旨確言しており、同月一〇日渡島丸船内における集会の際にもP2ら三名の意思は右同旨であることが確認されていたものであつて、これに応えて、P2ら三名は控訴人らによる連行に対しこれを峻拒する特段の抵抗らしき態度は示さず、言語による反対意思さえ表示していなかつたことが認められる。右認定に反する前出乙第三ないし第六号証、同第二三号証、原審および当審証人P3、同P4、原審証人P5、同P6、同P18、同P19、同P2、当審証人P20の各証言は、前掲各証拠と対比したやすく信用し難い。右認定事実によつてみれば、P2ら三名は、なるほど前記業務命令とスト参加との二者択一の窮境に立たされしかも機関長、一等機関士らが身近にいたことと相俟つて逡巡を重ねたとはいいうるものの、同人らの当直離脱の結果が全くその意に添わないものであると断ずるには多分に躊躇を禁じ得ないところである。 しかも、前掲証人P6、同P25(第一回)および当審証人P18の各証言によれば、当時接岸中の渡島丸船内には、P2ら三名とともに停泊当直を命ぜられたP26二等機 関士のほか、P5機関長、P18一等機関士、P27操機掛ら下船番者、乗船してきたP6機関長、P19一等機関士、P28二等機関士、P29、P30両操機掛、船員区から臨時派遣の操機掛操●掛五、六名、その他相当数のスト不参加機関部員が滞船して本件時限ストに備えていたものであつて、P2ら三名が部署より離れた後直ちに停泊当直の業務を代行し、船舶、航行に関する具体的危険を発生するに至らなかつたことが認められ、右認定に反し船体が大きく傾いたとなす前掲乙第三、四号証、原審証人P6、同P5の各証言の措信し難いことは前示のとおりであり、他に右認定を動かすにたる証拠はない。 しかるに当審証人P7、当審控訴本人の各供述によると、P2ら三名の連行に当つた前記組合員に対する懲戒処分の種類、程度は、控訴人が独り免職処分に処せられたのに対しP7が停職一ケ月、P8、P9、P10、P11、P12、P13、P14、P15は各減給一〇分の一、三ケ月間宛にとどまることが認められるのであるところ、一方、前掲証人P25(第一回)、同P31、原審証人P32、当審証人P23、同P33、原審および当審証人P11、同控訴本人の各供述によれば、本件時限スト関係者に対する制裁、懲戒は、控訴人および前記P7ら九名の同行者を除けば、P21中央本部執行委員(中央斗争委員)、P34青函地方本部副委員長、P35同本部船舶支部委員長の三名が公労法一八条による各解雇、P36、P25各同本部船舶支部執行委員、P37同本部執行委員の三名が各停職六ケ月、右P25の指揮の下に同人とともに渡島丸甲板部停泊当直者である操舵掛P38を強制連行したP39、P40、P37の三名が各減給一〇分の一、一ケ月間であつて、以上のほか二〇〇余名が戒告、六〇〇余名が懲戒外の訓告にとどまること、本件時限ストにつき渡島丸に関してはP25は最高指導者であり、P11は機関部内責任者であつたのに比し、控訴人は、組合役員の指示に従つて行動した一般組合員にすぎなかつたこと、これまで全国を通じ争議に関連して国鉄法三一条により免職処分を受けたものは八八名に達するところ、公安職員、管理職者に対する暴行、傷害等の衝突がなく、あるいは刑事事件ともならず、単に業務命令違反の結果を来し、ないしは他組合員を連行したとの廉で免職とされたものは極めて稀であること、控訴人は本件に関し刑事事件として取調を受けていないこと、以上の諸事実が認められる。これら上記の諸事情を綜合考察すると、被控訴人の控訴人に対する免職は、苛酷に失し、懲戒権行使の裁量の範囲を著るしく逸脱したものとして懲戒権の濫用にあたるものというべきである。四、しかるところ、被控訴人は本件免職処分は行政処分であるから、これに存する瑕疵が重大かつ明白でないかぎりその効力を否定される理由はない旨主張するので按ずるに、被控訴人国鉄が国有鉄道事業等の能率的な運営を計るため法律に基いて設立された公法人である(国鉄法一、二条)ことは被控訴人主張のとおりである。しかし国鉄は公共の福祉の増進を目的として鉄道事業等を経営し、財産を管理するところから、役員の任免、事業経営、予算会計等に特殊の法的規制が施されているにとどまり、その事業の本質は私企業による鉄道事業等の経営と等しく、国家権力の行使とは直接関連のないものである。しかも国鉄法その他関係法規を通覧するも、国鉄職員の勤務関係について一般公務員のように特別権力関係の下にあることを示す趣旨の規定は存せず、むしろ対等当事者相互の法律関係として規定されており、国鉄職員の懲戒権者を総裁と定めている国鉄法三一条も懲戒処分という部内規律維持に関する重大事項の決定には特に総裁自らが当るべきであるとの趣旨から設けられたものにすぎないと解されるから、国鉄とその職員との雇傭関係は基本的に私法関係に属するものと解するのが相当であり、したがつて国鉄総裁が国鉄法によつて行う免職処分は行政庁の公権力の行使たる行政処分とはいいえない。 してみれば前記懲戒権濫用の違法が重大かつ明白であるか否かを問うまでもなく、被控訴人総裁が控訴人に対してなした本件免職処分は無効であるといわざるを得ない。五、以上の次第であるから控訴人は現になお被控訴人の従業員として、労働契約上の権利を有するものというべく、その旨の確認を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであるからこれを棄却した原判決は取消を免れない。よつて民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判官 鈴木潔 山口繁 今枝孟)
裁判所名
札幌高等裁判所
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