- 1 - 令和3年7月27日判決言渡 令和3年(ネ)第446号 損害賠償等請求控訴事件 (原審 大阪地方裁判所令和元年(ワ)第4467号) 主 文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人に対し,170万2500円及びこれに対する令和元年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の骨子 本件は,控訴人(原審原告)が,大阪府A府税事務所長(以下「本件府税事務所長」という。)は,控訴人に対する平成11年から平成23年分まで(平成13年及び14年分を除く。)の個人事業税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をするに当たり,控訴人の不動産貸付けが,個人事業税の課税客体を規定する地方税法72条の2第8項4号(ただし,平成15年法律第9号による改正前は地方税法72条5項4号,平成19年法律第4号による改正前は地方税法72条の2第7項4号)所定の「不動産貸付業」に該当しないにもかかわらずこれに該当するという誤った判断をして,違法に本件各賦課決定処分をしたなどと主張して,被控訴人(原審被告)に対し,①国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権,又は②本件各賦課決定処分の無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき,納付した個人事業税相当額合計170万2500円及びこれに対する訴状送達の日の
- 2 - 翌日である令和元年5月29日から支払済みまで民法(ただし,平成29年法律第44号附則17条3項によりなお従前の例によることとされる場合における同法による改正前の民法。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 個人事業税に係る不動産貸付業の認定基準については,被控訴人が定めた通達上,建物の貸付けに係る年間の賃貸料収入額が認定基準の一つとされているところ,その収入額に消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)相当額を含めないと解すべきであったかなどが争点となっている。 原判決は,①本件府税事務所長が,本件各賦課決定処分当時,当該通達を解釈適用するに当たり,消費税等相当額を含めない賃貸料収入額を基準としなければならないという職務上通常尽くすべき注意義務を負っていたということはできないから,本件府税事務所長が本件各賦課決定処分をしたことについて,国家賠償法上の違法性及び過失は認められないし,②地方税法17条は,納付された地方税に関し,民法の不当利得の特則を定めて,過誤納金について民法の不当利得の規定の適用を排除しており,不当利得返還請求は主張自体失当であるとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。 控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。 2 関係法令等の定め及び前提事実 関係法令等の定め及び前提事実は,3頁22行目「71万3100円」の次に「(後記参照)」を加えるほかは,原判決「事実及び理由」中第2の2及び3(2頁19行目から5頁18行目まで,33頁1行目から41頁末尾まで)記載のとおりであるから,これを引用する。なお,引用文(補正後のものも含む。)中「別紙」とあるのは「原判決別紙」と,「別表」とあるのは「原判決別表」と,それぞれ読み替えるものとする(以下同じ。)。 3 争点及び当事者の主張 争点及び当事者の主張は,後記4のとおり当審における当事者の補充主張
- 3 - (争点1について)を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中第2の4及び5(5頁19行目から19頁13行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 4 当審における当事者の補充主張(争点1について) 控訴人の主張 ア 地方税法が課税庁及び納税義務者の事務手続の簡素化を図っていることを理由に,本件見解①に相応の合理性があると認めることは,失当である。 そもそも,本件通達は,事務の軽減を図るために,ある程度画一的に不動産貸付業に該当するか否かを判断することができるように設けられたものであり,そこで手続や要件を定めたことによって,十分に課税庁及び納税義務者の事務手続の簡素化は図られている。そして,本件通達自体に,本件国税資料のみによっては不動産貸付業に関する基準を満たすかどうかを認定することが困難なものについては,照会書等による調査をしなければならないことが明記されている。 本件では,確定申告書等に記載された不動産所得に係る収入金額に消費税等を含むか否かが明らかでなく,かつ,仮に消費税等を含むのであれば,税抜きの当該収入金額が1000万円を下回り,不動産貸付業に該当しない可能性が生ずるのであるから,被控訴人において,確定申告書等の記載内容について控訴人に照会することが,本件通達上,ひいては職務上求められるべき注意義務である。 イ 他の自治体における課税実務や,裁判例や学説等が見当たらないなどの事情は,本件府税事務所長等の注意義務を判断する上で参照されるものではない。むしろ,本件通達は,基準を満たすか否かを認定することが困難なものについては,本件国税資料のみによることなく,必要に応じて照会書等の調査を行うべきことを明示していることを,十分に斟酌しなければならない。
- 4 - 被控訴人の主張 ア 前記アについて 租税制度は,効率性や簡素性の要請にも適合する必要があるところ,国税資料で賦課事務を完結させることが個人事業税の本旨であり,国税資料の記載が十分でない場合のほか,いたずらに調査範囲を拡大すべきではないとの考えは,十分に合理性を有するというべきである。本件通達の「第3 調査」も,本件国税資料による調査を原則とし,本件国税資料によっても基準に該当するか否かの判断が困難なものについて,照会書等による調査等を行う旨が定められているにすぎず,また,本件見解①による場合であっても,本件国税資料のみでは収入要件を満たすか否かが判断できない場合はあり,照会等の方法により確認することが予定されている。 したがって,本件通達の内容は,むしろ,本件国税資料の記載が十分でない場合のほかは,いたずらに調査範囲を拡大すべきではないとの考え(本件見解①の根拠)に整合するものである。 イ 前記イについて 前記アのとおり,本件通達の「第3 調査」も本件見解②を当然の解釈とすべきであるとする根拠にはならない以上,この控訴人の主張は失当である。 第3 当裁判所の判断 1 判断の骨子 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,後記2のとおり原判決を補正し,後記3のとおり当審における当事者の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」第3の1及び2(19頁15行目から31頁14行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。 2 原判決の補正
- 5 - 22頁7行目の末尾に「(別紙の1イからオまで参照)」を加える。 27頁17行目の冒頭から18行目「踏まえると,」までを,次のとおり改める。 「 確かに,本件通達が定める収入要件は,事業性の判断に当たって,事業の規模を判定する趣旨のものであると考えられる。しかしながら,そうであるからといって,直ちに,収入要件における賃貸料収入金額に消費税等相当額を含めてはならないと解すべきことにはならない。そもそも,法令上,個人事業税を課すべき不動産貸付業の事業規模について賃貸料収入金額に係る一義的な定めはなく,本件通達上の収入要件は,あくまでも通達上の均衡課税要件として,不動産貸付の事業規模を判定するための基準として掲げられたものにすぎない。消費税等相当額を含めた賃貸料収入金額が1000万円を超えるような不動産貸付は,社会通念上,「業」としての実態があると評価されてもおかしくはない規模であるから,消費税等相当額を含めた賃貸料収入金額が事業規模の判定基準になるという考え方をとったとしても,それが地方税法の趣旨に反する不合理な解釈であるとまではいうことはできない。また,本件通達の収入要件における「収入」と所得税法における「収入」とを同義と解するかどうかは,地方税法における個人事業税の課税標準及びその算定方法並びに賦課方式等の定めの内容や,そこでの所得税法所定の「収入」との関連性の程度,所得税法所定の「収入」概念の内容等を踏まえて,検討する必要があると解される。 そして,上記ア・,イ・で説示したとおり,地方税法が個人事業税の課税標準及びその算定方法並びに賦課方式等について,所得税における所得金額をそのまま基準として個人事業税を算定すること(例えば,不動産所得の金額については,原則として,所得税法26条に規定する不動産所得の計算の例によって算定することとし,不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とすること(同条2項)。地方税法72
- 6 - 条の49の12第1項本文。原判決別紙1イ参照)によって,課税庁及び納税義務者の事務手続の簡素化を図っていることや,所得税法上,税込経理方式と税抜経理方式のいずれもが基本的に許容されており,いずれの方式をよるかによって消費税等の額が「収入」に含まれるか否かが定まることとなることなどを考慮すると,」 28頁24行目「また,」から29頁8行目末尾までを「確かに,本件通達における「収入」に消費税等相当額を含めたときは,消費税率が上げられた場合に,事業の実態が変わらないにもかかわらず,「収入」の増加により不動産貸付業に該当するという事態が生ずる可能性はあるが,前記したとおり,法令上,個人事業税の対象となる不動産貸付業の事業規模について賃貸料収入金額に係る一義的な定めはなく,収入要件の1000万円は,他の自治体においてこれと異なる金額を基準としている例があること(乙7)からも窺われるとおり,法定の基準ではなく,絶対的な基準でもない。したがって,事業の実態が変わらないのに不動産貸付業該当性が変わることになる事態が生ずる可能性があるというだけでは,消費税相当額を賃貸料収入に含める解釈が相当ではない理由にはならない。加えて,地方税法が,個人事業税の課税標準及びその算定方法並びに賦課方式等について,所得税における所得金額をそのまま基準として個人事業税を算定することとして,課税庁及び納税義務者の事務手続の簡素化を図っており,また,所得税法上,税込経理方式と税抜経理方式のいずれもが基本的に許容されていることなどを考慮すると,本件府税事務所長等が,職務上尽くすべき注意義務として,本件通達が定める収入要件を解釈適用するに当たり,基準とする不動産賃貸収入額に消費税相当額を含めないこととしなければならない注意義務を負っていたということはできない。」と改める。 31頁13行目及び14行目を,次のとおり改める。 「 また,控訴人は,本件各賦課決定処分が,地方税法及び本件通達の当然
- 7 - の解釈に反する,法律上の根拠に基づかない課税処分であって,極めて重大な違法性を有するものであるから,無効な行政処分であると主張する。しかし,争点1について判断したところによれば,本件各賦課決定処分が法律上の根拠に基づかないものであるとまでいうことはできず,無効な行政行為であるとまではいえない。 以上によれば,控訴人の被控訴人に対する不当利得返還請求には,理由がない。」 3 当審における当事者の補充主張に対する判断 控訴人の主張アについて 控訴人は,課税庁及び納税義務者の事務手続の簡素化は,「事業」に該当するか否かという課税要件の充足性について判断するに当たって参酌すべきでない旨を主張する。 しかしながら,地方税法が,個人事業税の課税標準及びその算定方法並びに賦課方式等について,所得税における所得金額をそのまま基準として個人事業税を算定することとして,課税庁及び納税義務者の事務手続の簡素化を図っていることは,前記のとおりであり,課税要件の充足性を個別に調査し確認することに相当の作業を要することがあり得ることからすれば,この簡素化の要請を課税要件の充足性について考慮することが不相当であるとは解されない。そして,消費税等相当額を賃貸料収入に含めることを認める解釈は不合理なものではないから,事業者において税込経理方式と税抜経理方式のいずれを採用するかを決めることができることを踏まえ,事務手続の簡素化の観点から,本件国税資料に記載された賃貸料収入額が消費税等相当額を含むか否かにかかわらず,当該記載された収入額を基準として,収入要件の該当性を判断するという考え方(本件見解①)を採用することには合理性があったというべきである。 また,控訴人は,本件通達が定められることによって,十分に事務手続の
- 8 - 簡素化は図られており,本件通達自体に,基準を満たすかどうかを認定することが困難なものについては,照会等による調査をしなければならないことが明記されている旨主張する。しかし,本件見解①に合理性が認められることは前記のとおりであるから,その後,本件見解②が採用されることになったとしても,本件各賦課決定処分がされた当時において,本件府税事務所長等が,本件通達の「第3 調査」の記載に基づき,本件国税資料に記載された収入が消費税相当額を含むか否かについて調査を行うべき職務上の注意義務があったと解することはできないというべきである。 控訴人の主張は,本件見解②のみが正しい考え方であって,本件見解①にはおよそ合理性がないことを前提とするものであり,採用することができない。 控訴人の主張イについて 控訴人は,他の自治体における課税実務や,裁判例や学説等が見当たらないなどの事情は,本件府税事務所長等の注意義務を判断する上で参照されるものではない旨を主張する。 しかしながら,本件通達と同様に収入額についての基準を定めた場合には,当該基準とする額に消費税等相当額を含めないものと解釈するかという点が問題となり得るのであるから,この点についての他の自治体の課税実務や裁判例や学説等を参照すべきでないとはいえない。なお,控訴人は,本件通達が必要に応じて照会書等の調査を行うべきことを明示していることを,十分に斟酌しなければならない旨を主張するが,本件通達の調査についての定めは,当然に本件見解②を前提にするものということはできないから,本件通達が照会書等の調査を行うべきことを明示していることは,本件各賦課処分がされた当時の本件府税事務所長等の注意義務の内容に関する前記判断を左右するものではない。 第4 結論
- 9 - 以上のとおり,控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,棄却することとし,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第2民事部 裁判長裁判官 清 水 響 裁判官 川 畑 正 文 裁判官 坂 上 文 一